●森茉莉ご馳走帖

森茉莉の本の中には、実にたくさんの食べ物が登場します。
明治・大正という時代のハイカラな香を伝えてくれるものや、料理自慢の森茉莉のオリジナルレシピによるもの、大好きだったパッパの思い出につながる食べ物、永遠の宝物だった巴里時代の思い出を蘇らせる食べ物。食いしん坊の彼女さんが描くそれらの食べ物は、粋でロマンティックで、どれも本当においしそうです。森茉莉のお洒落な缶詰の利用の仕方は憧れだし、チョコレエトもとろりとおいしそう。
極上のお味噌汁や筍のお鮨の描写では舌にその味が蘇るし、マギイ・ヴイヨンの壜を葡萄酒用の洋杯に利用したりするそのセンスにもただならぬ魅力を感じるのです。
ところで全集の中から食べ物の名前だけを取り出してみたら、それがまた食の辞典が作れるのではないかしら、そんな風に思うほど膨大な数で、森茉莉は本当に食べることが好きだったんだなあ、とびっくりもし、うらやましくもなりました。
かつて、「貧乏サヴァラン」という文庫を編みました。全集の中から、森茉莉さんらしい食の短編を取り出して編集したものなのですが、実は8巻の全集を読み直すと、おいしい食べ物がパイのように折り重なっていて、本当に全編すべてがおしいのです。
もし私が料理と盛り付けなんかに自信があれば、郊外に小さな、でも品のいいレストランを作って、森茉莉メニューをお皿の上に再現してみるのに。
でもどうやらそちらの方面には才能がないようなので、「言葉」で森茉莉の美味しい食べ物をご紹介したいと思います。
もし、森茉莉メニューをお作りになったり、どこかのレストランやカフェで森茉莉好みの味わいを見つけたときは、食いしん坊の私までご一報ください。森茉莉流に「キャッ」と跳び上がって喜んでみせましょう。
ではでは、ごゆっくりおくつろぎください。

●チョコレエト

マリアのチョコレエト

私は昔、チョコレートのラベルを集めていたことがあった。中には、明治屋やソニープラザで買った外国のチョコレートのラベルもあったが、そのほとんどは国産メーカーのものだった。お気に入りは、ロッテのセミスイートチョコレートのクリーム色のラベル(アルプスの山を背景に民族服を着た二人の少女がホルンを持っている、そんなラベルだった)と、不二家のチョコレート、オーレのラベル(確かカフェオーレを思わせる色のラベルで、このチョコレートのCMに出ていたのは、ティナ・ラッツだったと思う)だった。何年越しかで集めていたラベルだったが、引越しのときに捨ててしまった。
スクラップブックに整理してとっておけばよかったな、と思ったのは、神戸のホテルにかつてあったライブラリーで、いろいろなラベルの本やスクラップなどを見たときだ。たかが一葉のラベルといってしまえばそれまでだが、時代の空気や文化のようなものを感じさせ、実に奥が深いものだと思った。
森茉莉は、マーケットに、百円のイングランド製のチョコレートを一日に一個買いに行くのを日課にしていた時期がある。一日に一個だけ買うのは、経済的なこともあったが、二個買えば二個、三個買えば三個とも食べてしまうからである。
三つの嗜好品の一つに数えるほどのチョコレート好きの森茉莉が描くその味わいは、実に濃厚だ。映画「チャイナ・シャドー」の中に、いつもいつもチョコレートを食べている女性が出てきて、その様子が実に官能的だった。その映画を観ながら、私はチョコレートは大人の食べ物だという森茉莉の文章を思い出し、彼女が描いたチョコレートを思い出していた。
森茉莉にとってのチョコレートは、効き目のある鎮静剤でもあった。すなわち、怒りや憂鬱はチョコレートをなめて鎮めるのである。舌の上にカカオの実の匂いの片鱗が広がると、その瞬間に大抵の怒りは「熱のある舌の上の雪の結晶のやう、に雲散霧消する」らしかった。
また、チョコレートは(こちらは飲む方のチョコレートだが)、父・鴎外の懐かしい思い出の食べ物でもあった。鴎外は、飲み物用のチョコレートを削って熱湯で溶かしたものを飲んでいたという。森茉莉が下北沢の風月堂を好きだった理由のひとつは、そこのメニューにそのチョコレートがあったからだ。彼女にとってチョコレートが効き目のある鎮静剤だった理由の一つは、大好きだったパッパにつながる懐かしい思い出が怒りを溶かしてくれたからなのかもしれない。
またあるときは、チョコレートの無茶食いをしながら、心の中のはこから夢やときめきを取り出して小説や短文を書いていた。たとえば「甘い蜜の部屋」。この小説執筆中には一体何枚のラベルが彼女の部屋にひらひらと漂ったのだろか。
「贅沢貧乏」の中での彼女は、あの手この手を使って贅沢費を捻り出したが、チョコレートは、そうした魔法を使ってでも購入費をひねり出したいものであったのだ。

●フランスの仮綴じの本を連想させる卵

フランスの仮綴じの本を連想させる卵

卵の美しさを再発見したのは、森茉莉の書いた卵に出会ってからである。
ひとつの卵を、彼女ほど宝石のように美しく、甘い蜜のように官能的に、クラシックなレースのように優しく優雅に、大切な書物のように手触りよく書いた作家を私は知らない。
卵料理の名前の美しさを知ったのも、森茉莉の書いた卵に出会ってからである。ウフ・ジュレ、オムレット・オ・フィーヌゼルブなど、その名前からは美しい音楽が流れて来るようだ。目玉焼きの黄身を匙ですくって丸ごと口に運ぶというただそれだけのことも、彼女のペンにかかると不思議な優雅さを醸し出す。
何かの本で「節分の卵」のエピソードを知ったとき、何とかして立てられないものかと悪戦苦闘したことがあるが、そうやってやっとの思いでたててみると、何だか本当に不思議で、しかも美しい形をしてるので驚き、うっとりしたことがある。
卵を使った料理は子どもの頃から好きで、新鮮な卵をかけた熱いご飯、半熟卵、卵粥、茶碗蒸、卵入りの豆腐、卵のブランデーなど、あらゆる種類の卵料理が好きだという森茉莉は、味だけでなく、形や色もひどく好きだったようだ。
彼女は、卵の表面の凹凸に、新しく積もった雪の表面や平らにならした白砂糖、上等の西洋紙やフランスの仮綴じの本を連想する。また、朝の食卓では皿の上の卵の殻が、障子を閉めたほの明るい部屋のように透っているのを見て幸福を見出す。何という感性だろうと思う。私は森茉莉の真似をして、卵の白いざらついた表面に、瀧口修造の詩集の表紙の紙などを見出してうっとりすることがあるが、まったく幸せな気分である。人はただひとつの卵を心に置くだけでも薔薇色の気分になれる。それは森茉莉から教わった魔法である。
さて、森茉莉は、よく作る卵料理のレシピを紹介している。それはパセリのオムレツ、ロシア・サラダ、ブレッド・バター・プティング、蒸し卵入りすまし汁、蒸し卵料理、ゆで卵の5品である。
その作り方はこうである。
・蒸し卵入りすまし汁  銀杏と三つ葉でも入れて茶碗蒸を作り、それを大さじですくいとったものをお椀に入れて、すまし汁を注ぐ。また、この茶碗蒸しを冷やし、やはり大さじですくいとってお皿に盛り付け、刺身のように山葵と醤油を添える。
・ゆで卵の料理  固ゆでの卵を輪切りにして醤油と酒、少量の砂糖でざっと煮る。
このレシピで、私もゆで卵を煮たり、山葵醤油で食べてみたりした。黄身がぷっくりと盛り上がった卵で作ると実に美味しく、口に入れると森茉莉流に幸福な気分である。