●森茉莉本を読みたくなるカフェ案内

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森茉莉本をもってお気に入りのカフェまで。

たとえばこんな日。
アスタルテ書房で、探していた森茉莉の本を見つけた。すでに一冊は持っているけれど、どうしてももう一冊欲しかった「贅沢貧乏」を、アスタルテ書房の、ひそかに「森茉莉の棚」と呼んでいる棚で見つけた日。しかも、「夢見ることが私の人生」という金色のサイン入りで。
ああ、この字は確かに森茉莉のもの。嬉しい。
こんな日は、この本を胸に抱えて、どこかお気に入りのカフェまで歩きたい。近くならば、そう、イノダ本店か三条店、それか寺町のスマートなどはどうだろう。もう少し足を伸ばして、秘密の場所、カフェリドルなんかも。優雅な気分で読書の気分を満喫したいときは、京都ロイヤルホテルのラウンジバーへイヴンなどもいい。いえいえ、さらに足をのばして京大の楽友会館のカフェこそぴったり。
とまあ、森茉莉本を開きたいカフェを思いつくままあげているときりがない。それらはおいおいご紹介するとして、まずは森茉莉ファンなら知らぬ人はいないという東京・世田谷の「邪宗門」から。

●東京・邪宗門

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○東京・世田谷 邪宗門

 「東京では代沢に住み、近くの「邪宗門」とういう喫茶店に毎日行き、一秒毎に梟の大きな目玉が右に左にカチカチ動く、みみずく時計を眺めながら、三四十分もいた。下北沢の風月に通っていた時にはそこで原稿を書いた。私の小説の中では、いい方の「贅沢貧乏」「甘い蜜の部屋」は、風月で書いた部分が多い」
                  森茉莉「ドッキリチャンネル」より
この文章からも分かるように、森茉莉は多くの作品を喫茶店で書いた作家である。そんな中でも、「邪宗門」は、現在も森茉莉時間のまま、彼女の書斎兼応接室の喫茶店として森茉莉ファンなら知らぬ人のいない伝説の喫茶店である。
雑誌やエッセイで紹介してから、今でも「邪宗門に行ってきました」という手紙や電話をちょくちょくいただく。ああ、森茉莉ファンはこうして森茉莉時間をたどるのだなあ、とそのたび思う。
森茉莉は、昭和26年から48年にかけて、現在の世田谷区代沢4丁目にある倉運荘アパートに住んでいた。その後、アパート建て直しのため、すぐ近くの代沢アパートに移ったが、両アパート時代、森茉莉に選ばれた夢見る場所の一つが「邪宗門」である。
森茉莉は、朝この店にやって来ると、ご主人の作道明さんと軽く挨拶を交わし、あとはお気に入りのテーブルでひたすら原稿用紙と共に過ごしていた。時には昼食、夕食持参で、閉店まで座っていたという。さらに、この店で原稿を書くだけではなく、外出するときには荷物を置いてこの店から出かけ、編集者との打ち合わせもこの店で行っていた。また、ウイスキーのボトルをキープするように、持参したバターをこの店の冷蔵庫にキープしていた。
森茉莉の指定席は、入り口すぐ左手の一人がけのテーブル。そこに先客がいると、そばのレンガの壁にもたれて、空くのを待っていたという。この習慣をしらずにここでお茶を飲んでいたお客さんはさぞかしびっくりしただろうと思う。きっとお茶を飲むのもそこそこに席を立ったのではないだろうか。
ご主人の了解をえて、何度かこの席で撮られた森茉莉の写真を使わせていただいたが、白っぽいニットのスーツを着た森茉莉は、夢見る表情をしたお洒落なおばあさんに思えた。
長い長い時間を過ごした森茉莉の指定席に座ってみると、背後の窓からモノクロームの写真に写っているような、白く淡い光が漏れてくる。この淡い光を受けて森茉莉は、原稿を書きながらもたまに顔をあげて、室生犀星にどこか似た人を店内の奥の席に探し、心のはこをそっと開けたのだ。だからか、この店の「森茉莉の窓辺」には、彼女の夢や憧れがひらひら漂っているような気がした。
ちなみに、森茉莉が注文するのは、ポットで三分間むらした紅茶。これをミルクティーで飲んでいたという。「邪宗門」の紅茶は、このご指南をもとに、今も森茉莉方式で淹れられている。
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宝塚 八ッセル・ハウス

ここは私の大切な大切な秘密のカフェ。小さな木立の奥にあるこのカフェは、看板らしい看板が出ていないので、知らない人は通り過ぎてしまうかもしれないが、白い木の扉を開けて中に入ると、そこには本当にすてきな空間が広がっている。沼田元氣ではないが、私はここを自分ちの応接室だと勝手に思っているので、中に入ると二階に上がり、ソファに腰をうずめてしばらくぽーっとする。それから紅茶をオーダーし、観音開きの窓外の木々のそよぎを眺めたりして過ごす。ある人に「あなたは本当にこのお店が好きなんやね」と言われたことがある位、大切な、そしてお気に入りの場所なのである。でも悲しいかな、週に二回しかオープンしていないので、私は自分のスケジュールとこの店のオープン日との折り合いがなかなかつかず、めったに出かけることができない。まあ、だからこその大切なカフェなのかもしれない。
私がもし森茉莉と友だちだったら、彼女をここに案内したい。そして、紅茶を飲みながら、少女のように夢中になって「私のお気に入り談義」に花を咲かせたいなあ、と思う。
ここで開きたいのは『私の美の世界』。あるいは『マリアの気紛れ書き』。森茉莉の美の世界にただただうっとりしたり、森茉莉時刻(とき)の翼を心の中で反芻したり・・・したい。窓も、景色も、テーブルも、カーテンも、ここはちょっとしたことまで本当にすてきなので、いい気分に浸って森茉莉好みの贅沢な時間を過ごすことができる。
自分の本の中でもこのカフェを紹介したことがあるので、以下、その冒頭部分を引用したい。

「静かにゆっくりと過ごしたい日、おいしいお茶などしみじみ味わいたい日、心豊かな日。こんな日は、お気に入りのレースのハンカチをバッグにそっとしのばせて、心はふんわりときめきに包んで、静かな場所で香しい時間を過ごしたいと思う。
 宝塚・仁川にあるティールーム『八セルハウス』は、こんな日にピッタリの場所だ。もう何年も前から、ここは私にとって特別な場所。宝石箱の中にしまって、特別な時だけ取り出す真珠のように、大切に思ってきた場所である。
 ここの素敵な気分をあえて表現するなら、そう、晶子の「秋の朝」という詩の一説のようなティールームであろうか。

  白きレエスを透す秋の光
  木立と芝生との反射、
  外も内も
  浅黄の色に明るし。
  立ちて窓を開けば
  木犀の香冷やかに流れ入る。   『定本與謝野晶子全集弟九巻』(講談社刊)より・・・・・」

 本当にちょっとしたことがすてきなカフェなのである。